ハードボイルドには、どうしても顔がある。フィリップ・マーロウ、サム・スペード、無口な流れ者、敗れたボクサー。社会の中心で拍手を浴びる人物より、少し外側に立つ人間が似合う。
だが、「孤独だからカッコいい」「無口だからカッコいい」と切り取ると、途端に薄くなる。マーロウの魅力は、皮肉屋なのに人情を捨てないところにある。スペードは、欲望の中にいても最後の線を全部は売らない。高倉健的な寡黙さに惹かれるなら、口数より、背負うものや礼節まで見た方がいい。
人物を丸ごと崇拝する必要もない。現実の人間も架空の主人公も、欠点だらけだ。「この場面の、この振る舞いはカッコいい」と拾えばいい。その断片が、自分の憧れの材料になる。
偶像を作るな。使える美学だけ、黙って盗め。