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美学は、頭の中にあるうちは無料だ。正義、仁義、優しさ、誠実。どれも言葉にすればきれいに並ぶ。値段がつくのは、それを守ると自分が損をする場面に来た時だ。

ここで必要になるのが、やせ我慢だ。ただし、苦しくないふりをすることじゃない。怖い、腹が立つ、逃げたい、得をしたい。そういう気持ちはそのままでいい。その気持ちにハンドルを全部渡さず、自分の美学に沿った行動を一つ選ぶ。それが、この教習所で言うハードボイルド・スタイルだ。

マーロウは、何をしたか

以下は作品の内容と結末に触れる。未読なら、そのつもりで進んでくれ。

『長いお別れ』。マーロウは友人テリー・レノックスが窮地に陥った時、事情を全部聞き出して自分だけ安全な場所へ逃げることをしない。そのため警察に拘束され、自分まで厄介事に巻き込まれる。後になって友人への見方が崩れるような事実が出てきても、彼は「自分が何を信じ、何をしたか」を簡単には帳消しにしない。友情が得か損かではなく、自分が友人にどう向き合うかを選んでいる。

『大いなる眠り』。マーロウの周りには金も欲望もある。依頼人の娘たちから誘惑される場面もあるが、彼はそこへ乗らない。禁欲が偉いという話ではない。相手の弱さや、自分の立場を利用して得をすることを選ばない。欲望がないのではなく、欲望より自分の線を上に置く。

『高い窓』。事件の中心には、長い間心理的に追い詰められてきた女性メルルがいる。マーロウは依頼された品物を取り戻して仕事を終えるだけではなく、彼女が支配から離れられるよう手を貸す。そこには追加の報酬が約束されているわけじゃない。仕事の範囲を越えてしまうのは、彼の中で「放って帰る方が自分らしくない」からだ。

三つとも、派手なヒーロー行動ではない。友人を売らない。弱みに付け込まない。見捨てて帰らない。そのせいで面倒が増え、危険になり、金にもならない。だから教材になる。

現実では、もっと小さい

俺たちの日常に殺人事件はそうそう来ない。だが、同じ構造は来る。ミスを他人に押しつければ自分は助かる。別れた相手を悪く言えば自尊心が少し戻る。誰も見ていないから、ちょっとズルをしても分からない。そこで一つだけ、自分の基準に沿った行動を選ぶ。

大げさな宣言はいらない。行動したあとにSNSへ書く必要もない。むしろ、その一回を誰にも知られずに終えられたら悪くない。

理想ってのは、語っている間が一番安い。値段がつくのは、守れば自分が損をする時だ。